散れども切れぬ備忘録

代数学やその他数学に関することなどをそこはかとなく書きつくる備忘録

超越数論 入門 (空隙級数について)

今回は、自分で超越数を作れるようになる「空隙(くうげき)級数」を紹介します。
前提知識はあまり無く、指数対数が分かれば十分です。(加えて、総和の記号を知っておくとよいでしょう)

基本概念

超越数について議論する際に必要となる概念について紹介していきます。既にご存知の方は飛ばしていただいて構いません。

有理数 全体の集合をℚと表します。
係数が有理数である多項式 全体の集合をℚ[x]と表します。
以下、単に多項式と言えば係数が有理数のもの(つまりℚ[x]に属するもの)を指すことにします。

P(x)を多項式として、P(α)=0となるαを「P(x)の根」と呼びます。
"0でない"多項式P(x)の根になる複素数のことを、「代数的数」と呼び、代数的数全体の集合を \bar{ℚ}と表します。*1
代数的数同士の四則演算で作られる数は全て代数的数です。(このことから代数的数の整数乗は また代数的数となることがわかります。)
また、代数的数でない複素数を「超越数」と呼びます。
全ての複素数は代数的数か超越数です。

多項式P(x)の次数を\mathrm{deg}P(x)と表します。
以下、P(x)∈ℚ[x]かつ\mathrm{deg}P(x)=nとします。x^nの係数が1であるとき、P(x)を「モニックな多項式」と呼びます。
代数的数αに対し、P(α)=0となるP(x)のうち、\mathrm{deg}P(x)が最小でモニックなものを「αの定義多項式」と呼びます。
P(x)がαの定義多項式であり \mathrm{deg}P(x)=nであるとき、記号を濫用して、\mathrm{deg}α=nと表すことにします。
また、このとき、「αの次数はnである」とか「αはn次の代数的数である」などと言います。
例えば、有理数は1次の代数的数であり、1次の代数的数は必ず有理数になります。
また、証明は略しますが、定義多項式は既約多項式であり、1つの代数的数に対し、その定義多項式は一意的に(ただ一つに)定まります。
αの定義多項式がP(x)であるとき、P(x)の全ての根を「αの共役数」と呼びます。
例えば、 \sqrt{2}の共役数は\sqrt{2} ,-\sqrt{2}です。

モニックな整数係数多項式の根となる複素数を「代数的整数」と呼びます。
代数的整数の定義多項式は必ず整数係数多項式になります。
また、代数的整数同士の和・差・積によって得られる複素数は全て代数的整数です。
代数的数aに適当な自然数dを掛けると、dαが代数的整数になることが知られています。
そのようなdのうち、最小のものを「(αの)分母」といい、\mathrm{den}aと表します。

代数的数αに対して、 a_1,a_2,...,a_nが共役数であるとき、 |a_1|,|a_2|,...,|a_n|のうち最大のものを\hat{α} と表し、「(αの)ハウス」と呼びます。
(一般的に用いられている記号は|\bar{α}| のような、”コ”を反時計回りに90°回転させたものですが、今回は \hat{α}で代用します。)

補題(基本不等式)

空隙級数超越数となることを示すときに助けとなる定理(補題といいます)を先に示しておきます。
空隙級数絡みの証明以外でも、超越数論で度々用いられるので、「基本不等式」という名前がついています。

[補題](基本不等式)
αは0でない代数的数で、\mathrm{deg}α=nとします。
このとき、c=\mathrm{max}\{\mathrm{den}α,\hat{α}\}とすると
|α|\geqq c^{-2n}となります。

[証明]
まず、\mathrm{den}α=dとします。
定義からdαは代数的整数になります。
また、αの共役数をa_1,\cdots,a_nとします。
(\mathrm{deg}α=nなので、代数学の基本定理から αの共役数はn個になります。)
このときa_i≠0です。(1≦i≦n)
(a_i=0とすると αの定義多項式の既約性に反するからです。)

次に、P(x)=(x-da_1)(x-da_2)\cdots(x-da_n)として、これがdαの定義多項式となることを示します。

有理数が1次の代数的数であることに注意して、
\begin{align*}\mathrm{deg}dα &\leqq (\mathrm{deg}d)(\mathrm{deg}α)\\ &=\mathrm{deg}α\\ &=\mathrm{deg}\frac{1}{d}dα\\ &\leqq (\mathrm{deg}\frac{1}{d})(\mathrm{deg}dα)\\ &=\mathrm{deg}dα \end{align*}
となるので、
\mathrm{deg}dα\leqq\mathrm{deg}α\leqq\mathrm{deg}dα
つまり、\mathrm{deg}dα=\mathrm{deg}αとなります。
このことから、dαの定義多項式はn次であることがわかります。

したがって、あとは
①P(x)は有理係数多項式である
②P(x)はdαを根に持つ
③P(x)はモニックである
④P(x)はn次である
の四つの条件を満たせばよいことがわかります。
順に見ていきましょう。


αの定義多項式x^n+c_1x^{n-1}+\cdots+c_{n-1}x+c_nとすると、
c_iは定義から全て有理数です。(1≦i≦n)
また、P(x)の係数は(kを非負整数として)d^kc_iと表せます。
有理数同士の積は有理数なので、これらは有理数です。
つまり、P(x)の係数は全て有理数になります。
よってP(x)は有理係数多項式です。


αの共役数はa_1,\cdots,a_nなので、a_1,\cdots,a_nの中には αと一致するものがあります。
定義から、P(x)はda_1,\cdots,da_nを根に持つので、dαも根に持つことがわかります。
③④
P(x)の定義から明らかに条件を満たします。

以上より、P(x)はdαの定義多項式となります。

ところで、dαは代数的整数なので、その定義多項式であるP(x)の係数は整数になります。
また、dは正整数(≠0)でありa_i≠0なので、
P(x)の定数項 d^na_1\cdots a_nは0でない整数となります。
0でない整数の絶対値は1以上なので
\begin{align*}1&\leqq |(da_1)\cdots (da_n)|\\ &=|a_1|\cdots |a_n|d^n\\ &\leqq |a_1|\hat{α}^{n-1}d^n ....(1)\end{align*}
となります。

(i)\hat{α}\geqq 1のとき
(1)より
\begin{align*}|α|=|a_1|&\geqq\frac{1}{\hat{α}^{n-1}d^n}\\ &=\frac{\hat{α}}{\hat{α}^nd^n}\\ &\geqq\frac{1}{\hat{α}^nd^n}\\ &\geqq\frac{1}{c^{2n}}\\ &=c^{-2n}\end{align*}
となり、
結局|α|\geqq c^{-2n}となります。

(ii)(0<)\hat{α}<1のとき
dは正整数なので、d≧1です。
したがってd>\hat{α}となるので、
c=dとなります。
よって、|α|\geqq d^{-2n}を示せばよいことがわかります。
\frac{1}{\hat{α}}>1に注意して、
(1)より、
\begin{align*} |α|&\geqq\frac{1}{\hat{α}^{n-1}d^n}\\ &\geqq\frac{1}{d^n}\\ &\geqq\frac{1}{d^{2n}} \end{align*}
となります。
したがって、|α|\geqq c^{-2n}となります。

以上(i)(ii)より、\hat{α}の大きさに関わらず
|α|\geqq c^{-2n}となることが分かります。

[終]

空隙級数の超越性

証明に必要となる概念を先に定義しておきます。

[定義]
ℕ^+自然数全体(0を除く)の集合とします。

以下の四つの条件を満たす数列\{e_n\}を用意します。
e_i\in ℕ^+
r_n=\frac{e_{n+1}}{e_n}として、
r_n→∞
(nを限りなく大きくするとr_nも限りなく大きくなる)
r_i>1(\{e_n\}は単調増加列である)
\{r_n\}は単調増加列である。

このとき、
②よりe_{n+k+1}=r_{n+k}r_{n+k-1}\cdots r_{n+1}r_n・e_nとなります。
また、このことから、e_nもnが大きくなるにしたがって、限りなく大きくなることがわかります。

さらに、 α\in\bar{ℚ}かつ0<|α|<1とし、
β=\displaystyle\sum^{\infty}_{k=1}α^{e_k}とします。
このβを「空隙(クウゲキ)級数」と呼びます。

[定理]
β(空隙級数)は超越数です。
(β∉\bar{ℚ})

[証明]
背理法によって示します。

β∈\bar{ℚ}とします。
また、\displaystyle γ_m=β-\sum^m_{k=1}α^{e_k}=\sum^{\infty}_{k=m+1}α^{e_k}とします。
αは代数的数なので、その整数乗の和である\displaystyle\sum^m_{k=1}α^{e_k}は代数的数です。
仮定からβも代数的数なので、結局γ_mも代数的数となります。
以下、mを充分大きくとっておきます。

\begin{align*}|γ_m| &=|α^{e_{m+1}}+α^{e_{m+2}}+α^{e_{m+3}}+\cdots|\\  &\leqq |α^{e_{m+1}}|+|α^{e_{m+2}}|+|α^{e_{m+3}}|+\cdots\\ &=|α|^{e_{m+1}}+|α|^{e_{m+2}}+|α|^{e_{m+3}}+\cdots\\ &=|α|^{e_{m+1}}(1+|α|^{r_{m+1}}+|α|^{r_{m+1}r_{m+2}}+\cdots)\\ &\leqq|α|^{e_{m+1}}(1+|α|+|α|^2+\cdots)\\ &=|α|^{e_{m+1}}\frac{1-|α|}{1-|α|}(1+|α|+|α|^2+\cdots)\\ &=\frac{1}{1-|α|}|α|^{e_{m+1}} \end{align*}
となるので、cを定数とすれば
|γ_m|\leqq c|α|^{e_{m+1}}....(2)
となります。

次に
\begin{align*}|γ_m|&=|α^{e_{m+1}}+(α^{e_{m+2}}+α^{e_{m+3}}+\cdots)|\\ &\geqq |α^{e_{m+1}}|-|α^{e_{m+2}}+α^{e_{m+3}}+\cdots|\\ &=|α|^{e_{m+1}}-|γ_{m+1}|\\ &\geqq |α|^{e_{m+1}}-c|α|^{e_{m+2}}\\ &=|α|^{e_{m+1}}(1-c|α|^{r_{m+1}})\end{align*}
となるので、|γ_m|≠0です。

さて、γ_mはβ,αの多項式なので、
\begin{align*}\mathrm{deg}γ_m&\leqq(\mathrm{deg}β)(\mathrm{deg}α)....(3)\end{align*}
\begin{align*}\hat{γ_m}&\leqq\hat{β}+\sum^m_{k=1}\hat{α}^{e_k}\\ &\leqq(1+\hat{β})^{e_m}+(1+\hat{α})^{e_m}\\ &\leqq(2+\hat{β}+\hat{α})^{e_m}....(4)\end{align*}
f:id:zangiriontwitter:20180825101300j:plain
となります。

ここで
n=(\mathrm{deg}β)(\mathrm{deg}α)\\C=\mathrm{max}\{2+\hat{β}+\hat{α},(\mathrm{den}α)(\mathrm{den}β)\}
とすると、
(3)より\mathrm{deg}γ_m\leqq n
(4)(5)より
\mathrm{max}\{\hat{γ_m},\mathrm{den}γ_m\}\leqq C^{e_m}
となります。

さらに、
(2)よりc|α|^{e_{m+1}}\geqq |γ_m|,
(3)(4)と基本不等式より
\begin{align*}|γ_m|&\geqq \mathrm{max}\{\mathrm{den}γ_m,\hat{γ_m}\}^{-2e_m\mathrm{deg}γ_m}\\ &\geqq C^{-2ne_m}\end{align*}
となるので、
c|α|^{e_{m+1}}\geqq C^{-2ne_m}
となることがわかります。

この不等式の両辺の対数をとって、
e_{m+1}\log|α|+\log c\geqq -2n e_m\log C
となり、さらにe_{m+1}で割って
\log|α|+\frac{\log c}{e_{m+1}}\geqq -\frac{2n\log C}{r_m}
を得ます。
ここで、mを限りなく大きくすると、
\frac{\log c}{e_{m+1}}と -\frac{2n\log C}{r_m}は0に限りなく近づくので、
結局、\log |α|\geqq 0
つまり、|α|\geqq 1となります。
しかし、これは最初の仮定(前提)である|α|<1に反し、矛盾します。

以上のことからβは超越数です。

[終]

この「空隙級数」で一番簡単な例はα=\frac{1}{10},e_k=k!(階乗)の場合、
つまり\displaystyle β=\sum^{\infty}_{k=1}\frac{1}{10^{k!}}=0.1100010000000000000000010...の場合でしょう。
見てすぐ分かる通り、隙間だらけなので「空隙級数」というのです。
なんとなく分数で表せそう(有理数になりそう)ですが、こんな簡単な数でも超越数になるのが面白いですね。

それではこの辺で。
よければ超越数の入門書として、講談社ブルーバックスの、西岡久美子先生著『超越数とはなにか』もご覧になってください。(空隙級数に関する言及が少しあり、また証明を参考にしています。)

意見質問等ありましたら遠慮なくどうぞ。

*1:"0でない"という条件を除くと 全ての複素数多項式0の根なので全ての複素数が代数的数になってしまいます。