散れども切れぬ備忘録

代数学やその他数学に関することなどをそこはかとなく書きつくる備忘録

アドカレ「好きな証明」(無理数論)

《この記事はアドベントカレンダー「好きな証明」の9日目の記事です
https://adventar.org/calendars/3655

私の専門は超越数論なのですが、今回紹介する証明は、超越数論の入口、無理数論のものになります。
無理数論は名前の通り、無理数をいじる分野です。では具体的にどんな無理数があるかというと、有名所ではネイピア数(自然対数の底)や円周率、リーマンゼータ関数の特殊値(これについては別のアドカレで紹介します)等があります。
ネイピア数の無理性の証明はよく知られているでしょう。例えば下のようにする方法が有名です。(Wikipediaから引っ張ってきたものをほんの少し改変しました。)
f:id:zangiriontwitter:20181209094358j:plain
これと同じようにしてsin1やcos1の無理性も示せます(ただしかなり長くなります)。
少し…めんどくさいと思いませんか?(笑)
ということで、もっと楽で、適用範囲ももっと広くなるような定理を補題と称して紹介します。

[補題1]
0でない実数Aに対し,
以下の不等式を満たすような,定数列でない整数列p_n,q_nが存在するなら,
Aは無理数です.
0<|A-\frac{p}{q}|→0(n→∞)

これは 少し強い条件を課せば、以下のように言い換えることができます。

[補題2]
0≠A=\sum^∞_{k=0}a_k (a_kは有理数)とします。
また、\lfloor A\rfloor_n=\sum^n_{k=0}a_kとします。
さらに、有理数xに対して\mathrm{den}xでxの分母(denominator)を表すものとし、
整数列p_n,q_nと実数列r_n,R_n
\begin{align*}q_n&=\mathrm{den}\lfloor A\rfloor_n\\p_n&=q_n\lfloor A\rfloor_n\\r_n&=A-\lfloor A\rfloor_n\\R_n&=q_nA-p_n\\&=q_n(A-\lfloor A\rfloor_n)=q_nr_n\end{align*}
と定義します。

このとき、R_n→0(n→∞)となるなら、Aは無理数です。
これはつまり、\frac{p_n}{q_n}という有理数がAの良い近似を与えている、ということです。

補題1の証明は以下のブログの「無理性の証明その2」という節で
補題2」として紹介されていますので、証明はそちらをご覧下さい。
https://zangiri.hatenablog.jp/entry/2018/10/07/150035


さて、この定理を適用できる例を八つ紹介して終わりとしたいと思います。

例1:ネイピア数e
e=\sum^∞_{k=0}\frac{1}{k!}とすると条件を満たします。

例2:e^{-1}
e^{-1}=\sum^∞_{k=0}\frac{(-1)^k}{k!}とすると条件を満たします。

例3:\mathrm{sin}1
\mathrm{sin}1=\sum^∞_{k=0}\frac{(-1)^k}{(2k+1)!}とすると条件を満たします。

例4:\mathrm{cos}1
\mathrm{cos}1=\sum^∞_{k=0}\frac{(-1)^k}{(2k)!}とすると条件を満たします。

例5:\mathrm{sinh}1
\mathrm{sinh}1=\sum^∞_{k=0}\frac{1}{(2k+1)!}とすると条件を満たします。

例6:\mathrm{cosh}1
\mathrm{cosh}1=\sum^∞_{k=0}\frac{1}{(2k)!}とすると条件を満たします。

例7:Champernowne定数
Champernowne定数をθと表すことにすると、
θ=0.123456789101112...となります。
これには補題1を適用できます(詳しくは先述のブログ『チャンパーノウン定数の無理性・超越性 前編』で)

例8:超階乗の逆数和\sum^∞_{k=0}\frac{1}{(k!)!}
別のアドカレでも紹介する予定の無理数(超越数でLiouville数)です。
この数にも補題2を適用することができます。
\sum^∞_{k=0}\frac{1}{(k!)!}=2.5013888888...となる(8が18個続く)のもまた面白いです。

つまり補題2は 分母に階乗がくるような数に滅法強いのですね。
分母に階乗が来ると収束が速くなる、収束が速くなると近似分数の精度が上がる、近似分数の精度が上がると無理数(あるいは超越数)になる…
面白いと思いませんか?

ということで、この辺りで終りとします。
ここまでご覧頂き有り難うございました。