散れども切れぬ備忘録

代数学やその他数学に関することなどをそこはかとなく書きつくる備忘録

Rigid monoidal category⇒Closed monoidal categoryの証明

題名の通りです。
双対対象(ベクトル空間に対する双対空間のようなもの)を持つ圏をRigid monoidal category(和名:剛モノイダル圏)といい、内部Hom(ベクトル空間に対する写像空間のようなもの)を持つ圏をClosed monoidal category(和名:閉モノイダル圏)といいます。
ベクトル空間の圏はこの2つの圏の例になっており、実際に双対空間V*や写像空間Hom(V,W)を定義することができます。
線形代数によく親しんだ方なら分かると思いますが、実はベクトル空間についてはHom(V,W)≅V*⊗︎Wという関係が成り立っています。一般のモノイダル圏についてもこれと似た関係があり、題名になっている関係が成り立つので、備忘録がてらこれの証明を記事にします。
間違い*1などあれば教えて下さると助かります。

この記事ではモノイダル圏に関する基礎事項は既知とします。モノイダル圏を学ぶための標準的な教科書(和書)は『圏論の基礎』でしょうが、英語でも構わないのであればサーベイのpdfがネット上で沢山公開されているのでそれらを読むと良いでしょう。
モノイダル圏の定義は『カルテシアン圏と余代数』( https://zangiri.hatenablog.jp/entry/2019/11/23/031706 )にも書かれていますので目を通してみてください。

Rigid

以下(\mathcal{V},⊗︎,1)をstrictな*2モノイダル圏とします。
また、id_XをしばしばXとも書きます。

[定義](Rigid object)
X∈\mathcal{V}に対して
Y∈\mathcal{V},c_X\colon 1→X⊗︎Y,e_X\colon Y⊗︎X→1があり、
これらが(X⊗︎e_X)∘(c_X⊗︎X)=id_X,(e_X⊗︎Y)∘(Y⊗︎c_X)=id_Yを満たすとき、
Xをright*3 dualizable objectと呼び、組(Y,e_X,c_X)または単にYXのright dual objectと呼びます。また、right dualizable objectはしばしばright rigid objectとも呼ばれます。
同様に、left dual objectがY∈\mathcal{V},c_X\colon 1→Y⊗︎X,e_X\colon X⊗︎Y→1の適当な組として定義されます。
Xがleft dualizableかつright dualizableでleft dualとright dualが同型である時、Xをbi-dualizable object、Yをbi-dual object*4と呼びます。

後で示しますが、right dual objectは存在すれば同型を除いて一意なので、しばしばX^*と表されます。同様にleft dual objectは{}^*Xと表されます。また、bi-dualの時にはX^*と表すことが多いです。

[定義](Rigid category)
モノイダル圏\mathcal{V}の対象が全てright(left,bi) dualizableであるとき、したがって全ての対象がright(left,bi) dual objectを持つとき、モノイダル圏\mathcal{V}はright(left,bi) rigid monoidal categoryであるといいます。

(例)
有限次元k-ベクトル空間の圏fdVect_kの対象Vはdual objectとしてV^*=Hom(V,k)を持ちます。ゆえにfdVect_kは(bi-)rigid categoryです。

Closed

[定義](tensor action)
X∈\mathcal{V}とします。関手-⊗︎X\colon \mathcal{V}→\mathcal{V};Y⟼Y⊗︎Xをright*5 tensor action (functor)と呼びます。
余談*6
同様に、X⊗︎-をleft tensor actionと呼びます。
X⊗︎--⊗︎Xが自然同型であるとき、関手-⊗︎Xをbi-tensor action functorと呼びます。

[定義](closed object)
right tensor action functor-⊗︎Xが右随伴を持つとき、Xをright closed objectと呼び、-⊗︎Xの右随伴を-⇐Xと表します。
同様に、left tensor action functorX⊗︎-が右随伴を持つとき Xをleft closed objectと呼び、随伴をX⇒-と表します。
bi-tensor action functor-⊗︎Xが右随伴を持つとき、Xをbi-closed objectと呼び、その随伴を[X,-] と表し、internal hom functorと呼びます。このinternal hom functor[X,-] は 定義からX⇒-,-⇐Xと自然同型です。

[定義](Closed category)
モノイダル圏\mathcal{V}の対象が全てright(left,bi) closedであるとき、モノイダル圏\mathcal{V}はright(left,bi) closed monoidal categoryであるといいます。

(例)
fdVect_kにおいてHom_{fdVect_k}(V,W)にはベクトル空間の構造を自然に入れることができ、よってこれは関手Hom_{fdVect_k}(V,-)を定めます。この関手はbi-tensor action-⊗︎Vの右随伴になっており、これが任意のV∈fdVect_kについて成り立つので、fdVect_kはbi-closed monoidalです。
一般のモノイダル圏においても[X,Y] はHom集合のような役割を果たすので 内部ホム(internal hom)という名前が付いています。(ホムが またモノイダル圏の"内部"に入る([X,Y]∈Vとなる)ので「内部ホム」です。)

Rigid⇒Closed

次の定理を示します:
[定理](rigid⇒closed)
right rigid objectはright closed objectです。
[証明]
X∈\mathcal{V}とし、これをright rigid objectとします。
-⇐X-⊗︎X^*で与え、これが-⊗︎Xの右随伴になっていることを示します。
そのためには(余)単位射η_V\colon V→V⊗︎X⊗︎X^*,ε_V\colon V⊗︎X^*⊗︎X→Vを与え、これらが任意のV∈\mathcal{V}に対して三角等式を満たすことを示せばよいです。(このことの証明は例えば『ベーシック圏論』に載っています。)
η_V=V⊗︎c_X,ε_V=V⊗︎e_Xとすれば、V⊗︎-は関手なので、right rigid objectの定義から明らか三角等式に満たします。 ■

これと殆ど同様にしてleft rigid object⇒left closed objectも示せます。
また、以下の系を得ます:
[系]
・bi-rigid object⇒bi-closed object
・right(left,bi) rigid monoidal category⇒right(left,bi) closed monoidal category

このことを鑑みて、(bi-)closed monoidal category において\mathbb{D}X=[X,1] とし、これをweak dualと呼ぶことがあるようです(が、使い道はよく分かりません)。例えばfdVect_kにおいては[X,1]=[X,k]=Hom(X,k)=X^*なので妥当な定義と言えます。

先程「あとで示す」と言っていた「dual objectは同型を除いて一意」を示します。これは「rigid objectならclosed object」を使うと簡単に示せます。
[定理]
X∈\mathcal{V}を(right) rigid objectとし、そのdual objectをY,Y'とします。このときY≅Y'です。
[証明]
Y,Y'はXのright dual objectなので、「right rigid objectならright closed object」から-⊗︎X⊣︎-⊗︎Y,-⊗︎Y'となります。随伴は自然同型を除いて一意なので自然に-⊗︎Y≅-⊗︎Y'であり、これに1を代入すればY≅Y'が得られます。■

Appendix:Braided

[定義](Braided object)
B∈\mathcal{V}がBraided objectであるとは、任意の対象X∈\mathcal{V}に対して射β_{B,X}\colon B⊗︎X→X⊗︎Bがあって、これが自然に同型であることです。
つまり、自然変換β\colon B⊗︎-→-⊗︎Bがあってこれが自然同型であるときBをBraided objectと呼びます。

[命題]
B⊗︎-,-⊗︎Bが自然同型であることとBがBraided objectであることは同値です。
同様に、B⇒-,-⇐Bが自然同型であることとBがBraided objectであることは同値です。
また、BがBraided objectであるとき、left(right) tensor action functorやleft(right) internal hom functorはbi-〜になります。

[定義]
モノイダル圏\mathcal{V}の全ての対象がBraidedであり、
ββ_{X⊗︎Y,Z}=(β_{X,Z}⊗︎Y)∘(X⊗︎β_{Y,Z}),β_{X,Y⊗︎Z}=(Y⊗︎β_{X,Z})∘(β_{X,Y}⊗︎Z)を満たすとき、\mathcal{V}をBraided monoidal categoryと呼びます。

[命題]
Braided monoidal category内においては左右の概念は一致し、どちらもbi-となります。

*1:ただし、呼称や表記の揺れは除く。

*2:つまり、(a⊗︎b)⊗︎c=a⊗︎(b⊗︎c),1⊗︎a=a=a⊗︎1を課します。strictでない場合にも殆ど同様の議論ができます。

*3:文献によってはleftとしている場合があります。というか寧ろleftの方が多いように感じます。しかし、ここでは 後で定義する概念の左右の適合のためにrightとしています。

*4:単にdualと呼ばれることが多いですが、混乱すると思ったのでbi-を付けることにしました。あまり見かけませんが既存の用語です。

*5:右からかけるのでrightです。これについては呼称の揺れはあまり無いようです。

*6:-⊗︎XがモナドになるのとX=1⊗︎Xがモノイドであることは同値です。また、これをAb上で考えると、モナドであるright tensor actionの代数(加群)と環上の右加群は概念として一致します。