散れども切れぬ備忘録

代数学やその他数学に関することなどをそこはかとなく書きつくる備忘録

カルテシアン圏上の余代数

余代数について調べていた所、「\mathrm{Set}(もっと一般にカルテシアン圏)上の余代数構造は一意に定まる」という文を見つけました。「ほんまか?」と思い色々考えていたのですが、どうやら簡単に示せるようなので、備忘録も兼ねてブログにします。
前提知識は圏論の初歩(圏・関手・自然変換の定義・性質等)です。

さて、まずモノイダル圏を定義します。
[定義]
(C,⊗︎,α,1,ℓ,r)が以下を満たすとき、この組(或いは単にC)をモノイダル圏と呼びます:
Cは圏。(基礎圏と呼びます。)
⊗︎:C×C→Cは(双)関手。(モノイダル積と呼びます。)
α:(-⊗︎-)⊗︎-→-⊗︎(-⊗︎-)は自然同型。(結合子と呼びます。)
1Cの対象。(単位対象と呼びます。)
ℓ:1⊗︎-→-r:-⊗︎1→-は自然同型。(左単位、右単位と呼びます。)
・次の図式*1が可換。(五角公理と呼びます。):
f:id:zangiriontwitter:20191123001640j:plain
・次の図式*2が可換。(三角公理と呼びます。):
f:id:zangiriontwitter:20191123001728j:plain

五角公理と三角公理が比較的謎な概念だと思いますが、実は結構自然なんですよ。というのも、マックレーンの連接定理という定理があって、五角公理と三角公理を満たす(連接である と言ったりもします)なら⊗︎の結合を自由に入れ替えたり1を入れたり抜いたりしてよいことが保証されるのです。(詳しくは『圏論の基礎』をご覧下さい。)

例)集合の圏\mathrm{Set}は 通常の直積×をモノイダル積としてモノイダル圏になります。また、環R上の加群の圏\mathrm{Mod}_Rテンソル積⊗︎をモノイダル積としてモノイダル圏になります。

モノイダル圏があると、その上の余代数(余モノイド対象とも言います)が定義できます。
[定義]
Cを先述したセッティングの下、モノイダル圏とします。(M,δ,ε)が以下を満たすとき、この組(或いは単にM)をC上の余代数と呼びます:
MCの対象。
δ:M→M⊗︎MCの射で次の図式を可換にする:f:id:zangiriontwitter:20191123013719j:plain
(δMの余積と呼びます。)
ε:M→1Cの射で次の図式を可換にする:
f:id:zangiriontwitter:20191123020934j:plain
(εMの余単位と呼びます。)

次に(圏論的)直積を定義します。
[定義]
Iを有限離散圏(対象が有限個で、射は恒等射のみの圏)、X_{(-)}:I→Cを関手とします。
Cの対象Πが以下を満たすとき、ΠC上の圏論的(有限)直積(或いは単に有限直積)と呼びます:
・任意のi∈Iに対し、C内の射P_i:Π→X_iが存在する。(射影と呼びます)
・射影を持つ対象π∈Cとその射影p_i:π→X_iについて、任意のi∈Iに対してP_i∘f=p_iとなるようなC内の射f:π→Πが一意に存在する。(つまりΠ\{P_i\}_{i∈I}は普遍性を持つ。) ( [tex:f を仲介射と呼びます。)
このときΠΠ_{i∈I}X_iと表し、特にI={1,2}のときX_1×X_2と表します。

有限直積をカルテシアン積とも呼びます。有限直積が常に存在する(有限直積を持つ)圏は自然にモノイダル圏になるので、これをカルテシアン圏やカルテシアンモノイダル圏と呼びます*3
[証明]
カルテシアン圏Cがモノイダル圏となることを示しましょう。
まずモノイダル積をカルテシアン積×とし、結合子を自然な仲介射によって定めます。これらが五角公理を満たすことは直積の普遍性から明らかです。
次に終対象(Iが空圏のときの圏論的直積)を取りTとします。T⊗︎Xを考えましょう。これは射影p:T⊗︎X→Xを持ちます。XIが一点圏のときの圏論的直積と思える(射影は恒等射)ことに注意すると、仲介射f:X→T⊗︎Xが在ってp∘f=id_X,f∘p=id_{T⊗︎X}となることがわかります。つまりpは同型射です。これを左単位としましょう。同様にして右単位を取ると、これらが三角公理を満たすことがわかります。
以上より、カルテシアン圏は自然にモノイダル圏と看做せることがわかりました。 ■

例)\mathrm{Set}は通常の直積をカルテシアン積としてカルテシアンモノイダル圏になります。終対象は一点集合\{*\}です。

準備が終わりましたので本題に入ります。
次の定理を示します:
[定理]
カルテシアンモノイダル圏の対象は自然に余代数と思える。また、カルテシアンモノイダル圏の対象の余代数構造はこの自然な方法によるものしかない。
[証明]
まず対角射と呼ばれる射を定義します。X×Xを考えると、これはXXへの射影を持ちますよね。同様にXを(圏論的直積として)考えると、これもXへの射影を持ちます。すると仲介射Δ_X:X→X×Xがただ一つ生えます。この仲介射Δを対角射と呼びます(Δ_X(x)=(x,x)だからです)。[tex:XからX×Xへの射は この対角射しかないわけですから、余代数構造は定まったとしても高々1つの方法によります。
後は対角射によって余代数構造が定まることを見ればよいです。δ=Δ_Xとし、ε:X→TTが終対象であることから自然に定まる射とすると、これらが満たすべき(余代数の)図式に出てくる射は全て唯一になります。よって図式全体は可換です。つまり、(X,Δ_X,ε)C上の余代数となります。
以上より示したい定理が示せました。 ■

例)\mathrm{Set}において、全ての集合は対角射とε:x⟼*によって余代数の構造を持ちます。逆に、\mathrm{Set}上の余代数は対角射とεによって与えられるものに限ります。

前置きがやたら長くなってしまいましたが、主定理の証明は普遍性をぶん回すだけなのでそこまで難しくないですね。個人的には『ベーシック圏論』の演習問題になっていてもおかしくない難易度だと思いました。
対角射周辺の議論が少し怪しい気がしているので、何か致命的な間違いがあれば御指摘下さると助かります。
ここまで読んで頂き有難うございました。

【追記】
本筋には差程関係ありませんが、ここには書いてない定理として「カルテシアン圏は対称モノイダル圏」「カルテシアン閉圏はモノイダル閉圏」「カルテシアン圏の余代数は余可換」が成り立ちます。

*1:蛇足なんですが、最初に((w⊗︎x)⊗︎y)⊗︎zを書き、そこからidとαと⊗︎の組み合わせで可能な射を全て挙げるとこの図式が出てきます。つまり、結合子を考えるなら この図式が可換であることを要請するのはすごく自然なことなのです。

*2:λはℓに、ρはrに読み替えて下さい。

*3:有限直積(または有限極限)を持つ圏をカルテシアン圏と呼び、それをモノイダル圏と看做したものをカルテシアンモノイダル圏と呼ぶことが多いようです。