散れども切れぬ備忘録

代数学やその他数学に関することなどをそこはかとなく書きつくる備忘録

淡中再構成(環上の加群)

今回は環とその上の加群の圏の淡中双対を紹介します。
内容としては『淡中再構成(モノイド作用)』( https://zangiri.hatenablog.jp/entry/2020/03/19/152756 )とほぼ同じですが、これを環上の加群についての議論に持ち上げます。よって、アーベル群の知識が少し必要になります。不安であれば『ベクトル空間から始める圏論入門』( https://zangiri.hatenablog.jp/entry/2020/06/02/220147 )か然るべき教科書をお読みください。

まえがき

一般に「(多元)環の表現論」「ホップ代数の表現論」というと多元環上/ホップ代数上の加群を考えます。ところが「有限群の表現論」「代数群の表現論」といった場合には有限群/代数群から一般線形群への準同型を考えます。後者(群side)については「ベクトル空間の世界に持っていくことで行列による議論を使えるようにする」という動機があり、また「群環を取って"加法"を入れることで構造を豊かにし調べやすくする」という説明もできます。(実際 有限群の表現と群環上の加群は全く同じものと思うことができます。)しかしながら、これでもまだ「多元環/ホップ代数/群環の表現論は何故その上の加群を考えるのか」という問いに対する答えは与えられません。この記事で紹介する「環の淡中再構成」は「環上の加群」の「環の表現」たる所以を説明するものと言えるでしょう。
「何故 環上の加群 なんてものを考えるのか」「何故 環の表現論は加群を考えるのか」「環の表現論(の初歩)は圏論的にはどのように展開されるのか」を知りたい方にこの記事を読んで頂き、その面白さ・奥深さを知ってほしいと思います。

復習

復習と前提知識の準備を行い、記法・呼称を固定します。

環上の加群

アーベル群とアーベル群準同型の成す圏をAbと表します。例えば有理整数環(整数全体の集合と加法をアーベル群とみなしたもの)ZAbの対象です。Abテンソル*1⊗︎=⊗︎_Zをモノイダル積としてモノイダル圏*2になります。Ab上のモノイド対象*3を環と呼び、さらに環R上の加群(module over monoid object *4 )を(左)R-加群と呼びます。
R-加群の例として正則加群(R,m)があります。
(実際にR-加群になることを確かめよ)
R-加群とR-加群準同型*5は圏を成します。これをR-Modと表します。

前加法圏

全てのHom集合がアーベル群であり、合成が双線型*6であるような圏を前加法圏といいます。例えば既に出てきたR-ModAbは前加法圏です。
また、前加法圏はAb-豊穣圏*7ということもできます。
前加法圏C,D間の関手F\colon C→Dについて、これが「任意の対象x,y∈Cに対してHom_C(x,y)→Hom_D(Fx,Fy)はアーベル群準同型」を満たすとき、Fを前加法関手と呼びます。
例えば忘却関手ω\colon R-Mod→Abは前加法関手です。

C,Dを前加法圏、F,G\colon C→Dを前加法関手するとき、FからGへの前加法自然変換とは 通常の自然変換θ\colon F⇒Gのことです。
この前加法関手と前加法自然変換を集めるとまた前加法圏を成します:
前加法自然変換はDの射の族であり、またDの射には和が定義できます*8から、前加法自然変換θ,σ\colon F⇒Gに対してθ+σ=\{θ_x+σ_x\}_{x∈C}とすればよいです。
よって、Nat(F,G)=Hom_{[C,D] }(F,G)にはアーベル群の構造が入り、特にこれは合成に関して双線型なので関手圏[C,D] は前加法圏になります。

前加法米田の補題

前加法圏Cとその対象a∈Cに対して、関手Y_a\colon C→Abを以下のように定義します:
x∈Cに対してY_a(x)=Hom_C(a,x)
f\colon x→yに対してY_a(f)=f∘?\colon g\mapsto f∘g (ただしg∈Hom_C(a,x))
この関手はホム関手と呼ばれ、Y_a=Hom_C(a,?)と書かれることもあります。

ホム関手について以下の定理が成り立ちます:
[補題1]
ホム関手は前加法関手である。
[証明]
Y_a(f+f')=Y_a(f)+Y_a(f')を示せばよいです。
実際、
Y_a(f+f')(g)=(f+f')∘g=f∘g+f'∘g=Y_a(f)(g)+Y_a(f')(g)なのでよいです。 ■

このことから次のような関手Y\colon C^{op}→[C,Ab] が定義できます:
a∈Cに対してY(a)=Y_a
f\colon a→bに対してY(f)=\{Y(f)_x\}_{x∈C}
ただしY(f)_x=?∘f\colon g\mapsto g∘f
*9
この関手を米田埋込と呼びます。

米田埋込について以下の定理が成り立ちます:
[補題2]
米田埋込は前加法関手である。
[証明]
Y(f+f')=Y(f)+Y(f')を示せばよいです。
実際、成分を見ると
Y(f+f')_x(g)=g∘(f+f')=g∘f+g∘f'=Yf_x(g)+Yf'_x(g)
なのでよいです。 ■

さらに、ホム関手,米田埋込について以下の定理が成り立ちます:
[定理](前加法米田の補題 ver.0)
前加法圏Cに対して、アーベル群としての同型
Hom_{[C,Ab]}(Y_a,Y_b)≅Hom_C(b,a)
が成り立つ。
[証明]
まず、同型を与える写像φ\colon Hom_{[C,Ab]}(Y_a,Y_b)⇄Hom_C(b,a)\colon ψを構成します。
θ∈Hom_{[C,Ab]}(Y_a,Y_b)が与えられたとします。
このときx∈Cに対して
θ_x\colon Y_a(x)=Hom(a,x)→Hom(b,x)=Y_b(x)です。
特にx=aとすれば
θ_a\colon Hom(a,a)→Hom(b,a)なので、
θ_a(id_a)∈Hom(b,a)です。
よってφ(θ)=θ_a(id_a)とします。
またf\colon b→aが与えられたとすると、
Y_f\colon Y_a⇒Y_bなので
ψ(f)=Y_fとします。

次に、これらが互いに逆を与えることを示します。
φψ(f)=φ(Y_f)=(Y_f)_a(id_a)=(?∘f)(id_a)=f
なので、φψ=idです。
また、ψφ(θ)=ψ(θ_a(id_a) )=Y(θ_a(id_a) )なので、
x∈C,g∈Hom(a,x)に対して(Y(θ_a(id_a) ) )_x(g)=θ_x(g)を示し、外延性からY(θ_a(id_a) )=θを導くことを目標とします。
さて、Y(θ_a(id_a) )_x(g)=(θ_a(id_a) )∘gですが、
θは自然変換Ya⇒Ybなのでg\colon a→xに対して自然、つまり、
Y_b(g)∘θ_a=(θ_a(?))∘g=θ_x(?∘g)=θ_x∘Y_a(g)となります。
ここで?=id_aとすれば
θ_a(id_a)∘g=θ_x(g)が成り立ちます。

以上のことからψは集合としての同型、つまり全単射を与えることがわかりました。ところで前加法関手の定義からf\mapsto Y_f=ψ(f)はアーベル群準同型でもあるので、結局アーベル群としての同型を導きます。

以上で示せました。 ■

環の淡中再構成

準備ができたので本題の「環の淡中再構成」を示していきます。
まずいくつかの補題を示します。

[補題3]
アーベル群Mに対して
アーベル群としての同型
Hom_{Ab}(Z,M)≅Mが成り立つ。
[証明]
同型を与える写像φ\colon Hom(Z,M)→Mと その逆ψを次のように定義します:
φ(f)=f(1)
ψ(x)=F_x (ただしF_x(n)=nx)

これらは準同型であり(確かめよ)、また互いに逆を与えることが以下のようにしてわかります:
まず、x∈Mに対して
φψ(x)=φ(F_x)=F_x(1)=1x=xなのでφψ=idです。
また、f∈Hom(Z,M),n∈Zに対して
ψφ(f)(n)=ψ(f(1))(n)=F_{f(1)}(n)=nf(1)=f(n)
となるので、外延性からψφ(f)=f、したがってψφ=idです。
以上で示せました。 ■

[補題4]
(R,m,u)とR-加群(M,ρ)に対して
アーベル群としての同型
Hom_{R-Mod}(R,M)≅Hom_{Ab}(Z,M)
が成り立つ。
[証明]
同型を与える写像φ\colon Hom_{R-Mod}(R,M)→Hom_{Ab}(Z,M)とその逆ψを次のように定義します:
φ'(f)=f∘u
ψ'(g)=ρ∘(id_R⊗g)
これらは準同型であり(確かめよ)、また互いに逆を与えることが以下のようにしてわかります:
まず、g∈Hom_{Ab}(Z,M)に対して
φ'ψ'(g)=φ'(ρ∘(id_R⊗g) )=ρ∘(id_R⊗g)∘uとなるので、これがgに等しいことを示します。
実際、
ρ∘(id_R⊗g)∘u=ρ∘(id_R⊗g)∘(u⊗id_Z)
=ρ∘(u⊗g)
=ρ∘(u⊗id_M)∘(id_Z⊗g)
=id_M∘(id_Z⊗g)
=gとなるので、
φ'ψ'が恒等写像であることがわかります。

また、f∈Hom_{R-Mod}(R,M)に対して、
ψ'φ'(f)=ψ'(f∘u)=ρ∘(id_R⊗(f∘u) )ですが、
ρ∘(id_R⊗(f∘u) )=ρ∘(id_R⊗f)∘(id_R⊗u)
=f∘m∘(id_R⊗u)
=f∘id_R=fとなるので、
ψ'φ'も恒等写像になることがわかります。
よって、φ',ψ'は準同型であり互いに逆を与えるので同型を与えます。 ■

補題3,4を合わせると次の補題が成り立ちます:
[補題5](淡中の補題)*10
環R、R-加群Mに対して、
アーベル群としての同型
Hom_{R-Mod}(R,M)≅M
が成り立つ。*11
つまり、忘却関手ω\colon R-Mod→Abは正則加群Rで表現可能*12である。

さて、今までの補題を組み合わせると、今回の主定理である「環の淡中再構成」を示すことができます:
[定理](環の淡中再構成)
環Rと忘却関手ω\colon R-Mod→Abについて、
RとEndω=Hom_{[R-Mod,Ab]}(ω,ω)はアーベル群として同型であり、さらに環としても同型である。
[証明]
補題5から
Hom_{[R-Mod,Ab]}(ω,ω)≅Hom_{[R-Mod,Ab]}(Y_R,Y_R)であり、
米田ゼロから
Hom_{[R-Mod,Ab]}(Y_R,Y_R)≅Hom_{R-Mod}(R,R)であり、
補題4から
Hom_{R-Mod}(R,R)≅Hom_{Ab}(Z,R)であり、
補題3から
Hom_{Ab}(Z,R)≅Rであり、
これらの同型は全てアーベル群としての同型なので、主張の前半が成り立ちます。

また、この同型が環の同型としても成り立つことが以下のようにしてわかります:
まずR≅Hom_{R-Mod}(R,R)を示します。
r\colon R→Hom(R,R)r(a)=m∘(id_R⊗F_a)つまりra(x)=m(x⊗a)=x·aと定めると、
これは補題5から(アーベル群としての)同型を与えます。
また、
r(m(a⊗b) )(x)=x·a·b=(rb∘ra)(x)
となるので、これは環準同型でもあります。
すなわち、環としての同型を与えます。
また、ほとんど同様にして
環としての同型Hom(R,R)≅Hom(Y_R,Y_R)≅Endωもわかるので、結局REndωは環として同型です。

おわりに

さて、以上の議論から次のようなことが言えます:
・環があれば、自然な方法により加群の圏を作れる。
加群の圏から元の環を復元(再構成)できる。
・したがって、加群の圏は元の環の性質を充分反映していることが期待される。*13

ここで、「何故 環上の加群なんてものを考えるのか」という疑問に答えることができます。
すなわち、「加群は元の環の性質をその圏に充分反映し、またその性質から元の環やその性質を復元できるから」です。

また、他の分野との対比で言えば「(代数幾何のように)環の圏を考えるのではなく 加群の圏を考えるのは、環の性質を(環達の居る場所ではなく、別に用意された加群の圏という)外部に頼ることで使える道具を増やすため」等とも言えるでしょう。

以上 環の淡中再構成を紹介しましたが、実はこれは数ある淡中再構成のほんの一部でしかありません。この議論は(前加法圏よりも)もっと広く、豊穣圏に対しても成り立つものです。
今度はそれらを紹介できたらいいなと思っています。
また、これらの議論はモナドとその上の加群の圏に一般化されています。こちらも気が向いたらブログ記事にするつもりなので、その時は是非読んで頂けると嬉しいです。
最後まで読んで頂き有難うございました。

参考文献
Francis Borceux
Handbook of Categorical Algebra: Volume 2, Categories and Structures (Encyclopedia of Mathematics and its Applications)

*1: 2つのアーベル群M,Nに対し、集合M×Nで生成されたアーベル群F(M×N)を (m,n)+(m',n)-(m+m',n),(m,n)+(m,n')-(m,n+n')という形の元で生成された部分アーベル群Tで割ったもの F(M×N)/TをM⊗Nと表し、MとNのテンソル積と呼びます。

*2:定義はここ→にも書いてあります https://zangiri.hatenablog.jp/entry/2019/11/23/031706

*3:アーベル群Rが射(アーベル群準同型)m:R⊗R→R,u:Z→Rを持ち、これらがm(m⊗id)=m(id⊗m),m(u⊗id)=id=m(id⊗m)を満たすとき、組(R,m,u)を(Ab上の)モノイド対象と呼びます。

*4: アーベル群Mが構造射と呼ばれる射ρ:R⊗M→Mを持ち、これがρ(m⊗id)=ρ(id⊗ρ),ρ(u⊗id)=idを満たすとき、組(M,ρ)をR上の加群と呼びます。これはモノイドに対するモノイド作用付集合に対応します

*5:(M,ρ_M\colon R⊗M→M),(N,ρ_N\colon R⊗N→N)がR-加群であり、fが構造射を保つ、つまりf\colon M→Nf∘ρ_M=ρ_N∘(id_R⊗f)を満たすとき、fをR-加群準同型と呼びます。

*6:任意の射fに対してf∘-,-∘fが線型である、つまりアーベル群準同型であるという意味。

*7:詳しくは壱大整域の豊穣圏pdfなどを参照

*8:Dは前加法圏なので、そのホム集合はアーベル群です。したがってDの射に和を定義できます。

*9: Y\colon C^{op}→[C,Ab] なのでY(f)\colon Y(b)→Y(a)となることに注意してください。

*10:この定理を「淡中の補題」と呼んでいるのは恐らく私だけであろうと思います。したがって、一般的な用語ではないことに注意して下さい。

*11:同型はφφ',ψ'ψで与えられます。明示的にはφφ'(f)=φ(f∘u)=(f∘u)(1),ψ'ψ(x)=ψ'(F_x)=ρ∘(id_R⊗F_x)が互いに逆を与えます。

*12:ω≅Hom_{R-Mod}(R,?)という意味。

*13:実際によく反映していることがわかっており、その結果はまとめて淡中双対と呼ばれます。詳しくはncatlabの"Tannaka duality"等をご覧下さい。